峠の女

消えてしまったブログに書いた話だけど、自分が聴いたり体験した怖かった話をいくつか書いきた。その話をこのブログでも再度紹介してみたい。
もう40年近くも前の話、当時付き合っていた彼女の実家は雪国の小さな町で、今住んでいるところから山を二つ超えたところにあった。この小さな町には新幹線の駅がある越後湯沢と繋がる、十二峠と呼ばれる峠がありその麓に小さなタクシー会社があった。
そのタクシー会社の1台が、ある雨の深夜に客を降ろして峠を帰路に向かっていた。この峠、いまでこそ雪よけのシェードやトンネルがあるが、40年前にはまだ雪崩や崖崩れがあったり、夏でも道を外して転落する車がある険しい峠で、年に数度通るたびに新たな車の残骸を谷底に見ることができた。
その街灯もない暗い曲がりくねった峠道を帰路についたタクシーが進むと、傘も持たずずぶ濡れの女性が1人、タクシーを止めようと手を挙げた。「こんなところで女1人なんて気味が悪いな」と思いつつもタクシーは怖々女の前で止まると、その女客を乗せた。
ミラーで手足のあるのを確認し、行き先を尋ねた。しっかりルームミラーにも女の姿は写っていた。ドライバーはとりあえず人間だと安心して車を走らせたが、行き先を伝えた後は話しかけても返答はなく、女はずっと黙ったままだった。
道中はミラーにも写らなくなったが、濡れているし夜中だから、「横になっているのだろう」と自分に言い聞かせて先を急いだ。走ること数十分。目的地に着くと車を止め、「お客さん、着きましたよ」と、振り向きながら声をかけた。
ところが後ろの座席にいたはずの女性の姿は・・・いなくなっていたといえばありふれた怪談話だが、事実はちょっと違った。
後ろのシートにはなんとずぶ濡れのシカがちょこんと座っていたのだ。乗せたのは確かに女だった。なによりシカはタクシーには乗らない。ドライバーはこの事件ですっかり混乱してしまい、仕事もできなくなってしまった。
が、シカはその目的地の家でその後も飼われていた。タクシーから降りてもなぜか逃げなかったので、しかたなく目的地の家で飼うようになったのだと聞いた。私もその庭先で飼われているシカは見たことがある。
残念ながら当時は土地勘もなく、今ではどこの家だったのかわからないのが残念だが、不思議な話しだ。これはこの土地の多くの人が知る話しらしい。